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福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)773号 判決

控訴人(被告) 安永鉱業株式会社

被控訴人(原告) 倉田茂樹 外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴会社代理人は「原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余を取り消す。被控訴人等の本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

事実関係は、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。(証拠省略)

理由

当審も控訴会社の被控訴人等に対する懲戒解雇の意思表示を無効と認め、被控訴人等の本件仮処分申請は原判決認容の限度において理由があるのでこれを認容すべきものと考えるが、その認容すべき所以については原判決の理由に記載せられておるところと同一であるからこれを引用する。当審においては次のとおり附加するにとどめる。

一、原判決挙示の証拠に照せば柳沢忠義を除く被控訴人等の昭和三二年四月一三日における行動中第二組合(安永鉱業労働組合)書記長森真一に対する暴行傷害罪をもつて目すべきものは第二組合事務所裏における被控訴人鎌田、同菊地、同永岡、同浦辺等の共謀による原判決に示す所為だけであり、それ以前における右被控訴人等の当日における森に対する行動は、いまだ暴行又は傷害罪に該当するまでに至らないもの、したがつて被控訴人倉田に対しては刑事責任を問うに由ないものと認めるべきである。なお成立に争いがない乙第六八号証によれば被控訴人倉田を主謀者として共謀共同正犯による傷害罪に問擬した刑事第一審判決を是認する控訴判決が既に言渡された事実を認めることができるけれども、当裁判所は右控訴判決とは見解を異にするものであつて、その他当審において控訴人が提出援用する成立に争いがない疎乙第六五号証の一、二、第六六号証の一ないし五、第六七号証、当審証人森真一の証言中原判決の前示認定に副わない部分は原判決の認定に供した挙示の証拠を総合対照し措信できない。

二、控訴会社の就業規則第八五条、第八七条の解釈に関し次の説示を附加する。控訴会社においては就業規則第八五条にもとずき懲戒処分として譴責、出勤停止、懲戒解雇の三種を定め、同規則第八七条に「次の各号の一に該当するときは懲戒解雇とする。但し情状により出勤停止又は譴責に止めることができる。」として同条各号に該当事由を列挙している。このように就業規則に最も重い解雇のほかに軽い懲戒処分をも規定し、情状により懲戒の程度を軽減することができる旨定めた場合には、懲戒が使用者の本来有する経営権の作用として定めた就業規則に由来するものとは云え、一種の制裁(刑罰)であることには変りないのであり、特に懲戒解雇は従業員に非常な不利益を及ぼす制裁処分であるから、前記規定の趣旨は、従業員に懲戒解雇該当の所為があつたとしても懲戒解雇にするかそれ以外の軽い懲戒の方法に止めるかについての情状に関する判断は使用者の恣意ないし便宜的な裁量に従うものではなくして企業維持ないし経営権の作用する範囲内における客観的に妥当な基準に従いなされるべきで、以上の基準に照らし該当事由にして酌むべきものがある限りは、軽い処分に付すべき拘束を使用者に負わしめたものと解するを相当とする。したがつて情状の判定を著るしく誤まつた場合には懲戒解雇処分は無効である。本件においては被控訴人等は前記就業規則第八七条第一七号「刑罰に処せられるような犯罪を犯したとき」に該当する行為があつた故をもつて懲戒解雇を言渡されたものであるが、被控訴人鎌田、同菊地、同永岡、同浦辺等が森に対し暴行傷害の所為に及んだ動機については原判決が説示するように森の背信行為が遠因となり、被控訴人等の所属する第一組合の組合員が争議期間中における生活資金獲得のため臨時就労していた先に赴き、同所における臨時就労を妨害したと疑われてもやむを得ない森の言動(原判決挙示の甲第三号証の八によれば森が就労先に赴いた意図は就労を妨害するにあつた事実をうかがうに足る)ならびに被控訴人等の要求に対し右言動について何等の弁明も肯じなかつた森の態度が近因となつたものであるところ、争議中の第一組合におけるそれぞれの役員に選ばれていた被控訴人等の立場を考えれば、同被控訴人等において右森の言動をゆるがせにできない問題とし、同人の言動にいきどおりを感ずるに至つたのは、けだしやむを得ないことであつて大いに同情すべき点があり、控訴会社が使用者として統制する労務の領域外において行われた原判示の如き傷害といつても比較的軽微な加害行為に対し懲戒解雇をもつて臨むことは、著るしく情状の判定を誤まり、ひいては前示就業規則の解釈適用を誤まつたものとして右懲戒解雇は違法無効というべきである。更に被控訴人柳沢の原判示扉ガラス一枚の損壊行為については、従業員といえどもその全人格、全生活領域にわたり使用者の評価統制に服するものではなく、従業員の職場外すなわち私生活の領域においてなした犯罪行為がその罪質情状に照らし、使用者の企業維持の立場からみて、他の従業員に悪影響をもたらし、ひいては企業内における秩序ないし労務の統制を乱すおそれ、あるいは対外的に企業の信用をそこなうおそれがあると客観的に認められる場合であれば格別、そうでない場合に、たまたま軽微な罪を犯した故をもつて企業からまで制裁を受け放遂されねばならぬ道理はないので、かような見地に立つてみれば控訴会社の被控訴人柳沢に対する懲戒解雇処分も著るしく酷に過ぎ、前記就業規則の解釈適用を誤つた違法無効の制裁であるといわねばならない。

三、当審における控訴会社代表者本人尋問の結果によれば、控訴会社代表者は炭鉱経営者として企業から暴力を排除することに熱意をもつていることが窺われ、右代表者の方針はもとよりこれを是とすべきであるが、等しく暴力に基因する犯罪といえども事案により情状及び影響を異にし、少くとも懲戒解雇に関する本件就業規則の解釈適用については前項及び原判決説示のとおり情状の判断には客観的妥当な基準を必要とするから、右控訴代表者の方針の故をもつて本件懲戒解雇処分を相当と認めることはできない。

四、以上説示のとおりであるから原判決は相当で本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条に従い控訴を棄却することとし、同法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 秦亘 高石博良)

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